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2013. 07. 26  
娘が5歳、息子が1歳の頃、夫が半年以上入院・療養をしました。
私は夫不在の自営業のやりくりや、
二人とも保育園に預けていたけれど、息子はやっと歩き始めて目が離せず、
仕事・育児・家事、夫の入院している病院通い、
…孤軍奮闘、心配や忙しさでへとへとの毎日でした。

ある日曜日、久しぶりにちょっとゆっくりして、ぐちゃぐちゃになっていた家の中を片付け終わった時。
娘が「おかあさん、クッキー作ろう」と言い出しました。
ずっと以前に約束していたクッキー作りです。

私は、気乗りせずに生返事。
娘はいそいそとクッキー型(それが使いたかった!)を用意していました。

その瞬間…今まで突っ張っていたものが心の中でバチンとはじけ、大ヒステリーを起こしてしまった。

娘に向かって大声で、
「お母さんが疲れているってわからんの?
たった今きれいにしたばっかりの家をまた粉だらけにする気?」
と叫びながら、クッキー型を床にたたきつけました。

これ、虐待ですね…。

私は突っ伏しておいおい泣き出し、娘は黙ってクッキー型を拾って私の横に腰掛けました。

考えれば、この数ヶ月、一番つらかったのは娘だったのかもしれない。
私は家庭内の事情を「頭で」理解し対処することができる大人。
息子は、まだ何にもわかっていない…。

娘は、言語化も合理化もできないけれど、「お父さんもお母さんもたいへん。お母さんがいないときに弟が怪我したりしないように私が気をつけていなければ。」と直感でわかり、深いところで傷ついていたはず。
久しぶりにゆっくりしている母を見て、「今日こそは」とクッキー作りを言い出したのでしょう。

弟が生まれる前、夫が入院する前は、いつも娘を抱っこして何冊も何冊も絵本よみを楽しんでいました。
でも、この数ヶ月は娘のことをまったくかまっていなかった。

その晩から、娘と私の「本読みイス」ごっこが始まりました。

夜、息子を寝かしつけた後、布団の上に私があぐらを組んで坐り、そこに娘を坐らせる。
寒い時期でしたので、二人の膝の上に毛布をかけその縁を私の脚の下にたくしこんで「シートベルト」。

私の右手の親指の付け根のあたりに、目には見えないけれど「硬貨投入口」がある。
そこに「チャリン」と言ってお金を入れるフリをすると、「ギギギー」とイスの「アーム」(私の両腕)が上がってくる。
もう一回「チャリン」とお金を入れると、私の手にした本のページが開かれる。
そこで読み始めるかと娘が期待するのだけれど、うんともすんとも動かない。
しばらくすると、ロボット声で「リョーキンヲオイレクダサイ」と「イス」(私)がアナウンス。
3度目の「チャリン」で、(こんどは普通の口調で)朗読が始まる。
1ページ目を読み終えると、それが文の途中であってもストップ。
娘は急いで「チャリン」とお金を入れなければならない。

そうやって、毎晩毎晩、夫の退院まで本読みイスごっこをしました。
これで読んだ本は、当時刊行が話題になった福音館書店の『日本の昔話』シリーズこぐま社の民話集三省堂の『日本昔話百選』、岩波少年文庫の赤シリーズなどの「絵本じゃない本」(娘の言葉)。

本当に楽しかった!
娘は、面白がってくすくす笑いながら「チャリン」を繰り返していました。

物語には、子どもの心を育てるだけでなく、大人の心を癒す力があるということを身をもって体験しました。
一時間近く読み続けた晩も。
数日目からは、私の腰痛防止に、本物の座椅子(というのかしら?L字型の背もたれ)に私が坐って読書。

この親子で楽しんだ本読みイスごっこには、思わぬ副産物がありました。
わくわくどきどき、次はどうなる?と読み手も聞き手も思っているのに、ページの最後の文字でストンと「料金切れ」になるので、娘は間をおかないように「チャリン」しなければならない。

いつの間にか、私が音読しているところを目でなぞって、絶妙のタイミングで「チャリン」ができるように…。

娘のお気に入りの(大人からするとなんだか不可解な)「朝日三郎」の話は繰り返し読んだので、少しずつ、私に合わせて音読もできるように。

最後の「いきがぽーんとぬけた」や「とむかしあったとさ」などの決まり文句は必ず二人声を合わせてフィニッシュ。

こうやって、娘は特別なことをしなくても、自然なスピードで文字が読めるようになりました。

*三省堂の『日本昔話百選』は、大人が読んでやる本ですね。
子どもが自力で読む体裁(文字の大きさ、行間など)にはなっていません。
いっぽう、こぐま社の本は子どもの目には「物理的に」適合していますが、外国の民話については内容が難しすぎる話が多いように感じました。

当時は、つらいばかり…と思っていた半年間でしたが、回顧的には、娘との読書の時間のおかげで、サバイバルできたのだと思います。

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Comment
No title
素敵なお話、どうもありがとうございます。ご主人が半年以上の入院、その間代わってお仕事も家庭も支えなくてはならない…考えただけで、その重圧さに胸が苦しくなります。そしてお母さんとクッキーを作る時間をずっと待ち続けていたお嬢さんのいじらしさにも、胸がつまりました。お嬢さんが幼いころの絵本体験が「幹」になっていると書いていらっしゃいましたが、きっと本読みイスの温かさも「幹」を作っているのでしょうね。私もそんな本の思い出を作ってやれたら…と思います。
michibooksさま
コメントありがとうございます。

あの当時のことは、思い出したくもない…というくらいつらい毎日でした。

孤軍奮闘と書きましたが、じつは
保育園の先生方、
夫の先輩友人達(仕事の助っ人に来てくれた)、
すでに認知症初期だった父(犬の散歩を毎日してくれた)、
父の見守りがたいへんだった母(「いつでもご飯食べにおいで…」と)など、
本当に多くの人に助けられて、やっとこさ生き延びたという感じです。

ヒスを起こしてしまったけれど、
左側に天使のような寝顔の息子(ぷっくりして可愛かった!)を見ながら、
膝の上に娘を乗せて、次々に物語りを読んでいくのは至福のときでした。

小学校の低学年の頃、娘が、
「頭?おなか?どこかわからんけど、ぽんちゃんの中にいくつくらいお話が入っているのかなぁ?」
とつぶやいたことがあります。
「絵本も昔話も童話もあわせると1000くらいかなぁ?」と答えましたが、
子どもの感覚からすると“私の身体のなかにお話が入っている”というものなのかも…と妙に感心したことがあります。

子育て中にも(子育て中こそが)家族のいろいろな問題がおきて苦労が多いと思います。
でも、振り返れば、美しい思い出ですね。

michibooksさんもお嬢さんとの日々、大切にお過ごしください。

No title
美しいお話を読ませて頂いてありがとうございます。
胸がキュンとなりました。
クッキーの型を投げる…私も自分の子供達に
似たようなことをした覚えがあります。

お母さんのヨガマットでお昼寝をする息子さん…
口には出されないと思いますが、お母さんが大好きなんですね。
ミモザさま
コメントありがとうございました!

まだまだ他にも、虐待もどき事件はたくさんあります。
今思い返すと、とても胸が痛みます。

町中で、泣き叫んで親の後を必死で追いかけている幼子と怒り狂って子ども無視でずんずん歩いている母親…という組合わせをよく見かけます。

駆けていって子どもを抱き上げたいし、若い母親に「あなたもつらいよね」とハグしてあげたい…。

もう一度やり直しをしたくてもできないのが“その子の”母親業。

人生、エラーの連続…と友人がつぶやいていましたが、子育てに関しては、誰でもエラーをおかしていますよね。
…その反省が、孫溺愛という結果になるのかも…ですね(^_-)。
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ぶるっく

Author:ぶるっく
 長女ぽんは飛び立ち、長男ばぶは羽ばたき練習中。空きの巣になっても、仕事・趣味・体力作りに励み、楽しく暮らしていきます!
 読書・音楽・ウォーキング・軽登山・水泳のことなど…日々の記録です。

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