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2013. 08. 09  
明日から9日間の夏休み!
(自営業のほうは、まだ少し仕事がありますけど…)

それに…
教員免許更新講習を全部修了しました!

賛否両論ある制度ですが、実際に受講した者の感想を…

問題点:
現役の先生にとっては厳しいプログラム。
夏季補習や部活動指導で夏休みがないのに(これも問題だけど)、講習をまるまる5日間受けるために、必ずや通常の仕事にしわ寄せがいくはず。
講習の休み時間の度に携帯電話で仕事の連絡をしている先生がたくさんいらっしゃいました。
10年に1回、有給のサバティカル・イヤーがあって、その間、世界中どこかの大学で自分のテーマに沿った講義を一定時間受ける…なんて制度だったらいいのに。
忙しい教員をさらに忙しい状況に追い込んでいる。
勉強になるのは確かなのだけど、時間にもう少しゆとりがほしい…。

良い点:
世の中には(数年前の私のように)、“ペーパー”教員免許保持者という人がたくさんいます。
その人たちが教職復帰しようとするときに(10年に1回のチャンスだけど)、この制度で教職教養のアップデイトをすることはとても有益だと思う。

受講者たちの口からも講師の口からも時々出たフレーズ=
「朝から一日中固いイスに腰掛けて、難しい授業を受けなければならない生徒の苦しみを体感できる」

これですね!

教室で、「居眠りするな」「背筋を伸ばせ」「姿勢が悪い」なんて私も生徒によく言っているけれど、長時間の受講では、いつのまにか頬杖ついたり、背中を丸めたり、睡魔に負けたりしました。

他に余得として…、
懐かしい同級生との邂逅がいくつもありました。
中学卒業以来ほぼ40年ぶりに再会した同級生もいる。

口に出したり出さなかったりだけど…お互いトシを取ったもんだ。
「病気せずに定年までがんばろうね、そして時々会おうや。」

今後に向けて(②と③は教員免許とは直接関係なし):
① やはり魅力ある授業をしなければ! それにはもっともっと勉強が必要。(私の場合は日本史)

② 英語のリーディングについての講習でTOEIC受検に意欲が湧いた。受講した大学のサテライト英語教室を受講することにして申し込み完了! 10月から毎週水曜日夜、英語の勉強です。

③ 専攻科の一般教養を旧態然とした講義形式で済ませていたが、来期からはパワーポイントのスライドで講義できるようにしよう! アニメーションとか図示とか写真の取り込みとか…その手のことにめっぽう弱い私にはつらい課題だけど、今やっておかなければ、一生できないと思う。

明日から休み、猛暑…となると、当然、冷えたビールをゴクゴクといきたいところですが、
数年来、だましだまし治療してきた奥歯を今日の午後抜きました。

今日は飲酒厳禁です(>_<)


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2013. 06. 08  
忘れないうちに、Ken Robinson のTEDの感想。
特に、日本の実情に照らし合わせて。
Diversity, Curiosity, Creativity という3要素には深く同意。
しかし、それを日本の実情にどう取り入れていくか?

Drop-outという概念について。
フィンランドにはドロップアウトする生徒はいないそうだが、それはドロップアウトの基準が異なるからではないか?
アメリカでは、そして日本でも、知識伝授型の教科(=日本ではいわゆる受験科目)についていけなければ、ドロップアウトと認定されてしまうのだろうが、ダンスの名人だったり、運動の選手だったり、絵が上手かったり、ロックギタリストだったり…と、才能の多様性を認めるシステムがあれば彼らをドロップアウトとは呼ばなくてすむだろう。

しかし、芸術やスポーツなどの才能を伸ばすためには、その適性を見いだし伸ばしてくれるよき指導者や理解者に恵まれることが必要だろう。
そういう環境にあるのはごく一部の子どもだけ。
かえって、国・数・英・理・社での才能開花の方がより“格差”の問題が少ないのではないか。

上記3要素を重視した教育をするには、確かに教師の質と量を充実させるという「投資」が必要でしょう。

オールターナティヴ教育や、シュタイナー教育、Robinsonの主張など、たいへん魅力的で、そういう指向性が日本の教育システムに欠けていることを認めつつ…。

人が学ばなければならないことの中には、learning に加えてpractice が必要なことがたくさんあると思う。

高等数学を駆使できるためには、四則演算を確実にできるというところからの積み重ねが必要だろうし、
日本語のリテラシーには漢字の習得は必須だし、
情報収集し発信するための外国語(今は英語?)学習は決して「楽しみながら、自然に習得できます」というものではない。
いわゆる基礎学力とよばれるもの。

私は日本史を教えているけれど、やはりある程度の暗記は必要と考えている…テストで高得点を取るとか大学に受かるとかいう観点だけからではなくて。

人名や歴史事象、年代や前後関係がすいすいと想起できなければ、それからさらに進んだ歴史学習はできないと思う。
自分の頭でモノを考えるには、暗記も必要で、そうでなければテレビドラマを見て「ああ、面白いストーリーだった」と思うレベルとあまり変わらない。
それは歴史学習とはいえない。
(…と偉そうにもの申しておりますが、免許はあるものの歴史は専門とはいえないので、現在、「歴史を学ぶとはどういうことか?」について鋭意学習・考察中です。あしからず)

*これら(基礎学力)についてドロップアウトする子どもが出ないようにすること
*芸術や体育その他の領域でアクセス容易(チャンス&経費)な教育プログラムを充実させること

この2点が、今の日本のシステム変更として要請されることではないかしら?

お尋ね:
You Tube のTED 
Ken Robinson:
How to escape education's Death Valley


で聴衆が笑っているが、なぜ可笑しいのか、聞き取れなかった点について
~どなたかご教示くだされば幸いです。

① 3:50あたり 
Diversityについて聴衆に子どもの数を問う場面で、「その他の人は…」と手を下にかざしながら何と言っていて、何が可笑しいのでしょう?

② 9:36あたり 
Creativityについて、犬の話のつながりがよくわからない。
可笑しさはわかるのですが…。

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2013. 06. 05  
Ken Robinson:
How to escape education's Death Valley


フェイス・ブックで尊敬する先輩からオススメ情報を得たので、5月10日にアップされたTEDを見た。
一通り聴いて、
① オーディエンスの笑いについていけない…なぜ可笑しいのかわからない部分があった
② 「~については3点挙げられる、1は…」という論理だった話し方なので、わかりやすかった。内容も日本の教育制度や、自身の教員としての反省など、いろいろ考えることが多かった。

以下はそのメモ。
適切な日本語訳を考えるのがたいへん/考えるまでもない…という語はそのままに。
ルー大柴のおしゃべりみたいなメモになりました!

*アメリカ人は「アイロニーを解さない」というが、それはイギリス人が「遠慮深い(…大英帝国はあれだけ植民地をもっていたのに!)」といわれるのと同じくらい、事実に基づかない“神話”である。

* No child left behind. という政府目標は、全くのアイロニーである!

* drop-out crisis は深刻な問題 多くの生徒(60% ほんと?)がdrop out している
*この数の多さは、財政的にも問題
*drop-out の問題は氷山の一角で、もっと大きな教育問題が潜在している
*アメリカの教育は、他国と比較しても、A予算は豊富であるし、Bクラスサイズも小さいし、C initiatives(新たな教育関連議案ということ?)も多数提出されている、にもかかわらず
*うまくいっていないのは、これらがすべて間違った方向でなされているからである

人間をflourish させるために理解すべき3つの要因がある

[1] Human beings are diverse.
多様性:もし子どもが二人いたら、きょうだいでも、まったく違うということがわかるだろう!
現在の教育は not on diversity but on conformity に基づいてなされている←逆方向!
*数学や科学の学習も重要だが、それと同じく、芸術や体育の学習も重要視されるべき
*ADHDと診断される子ども(10%ほど)は、たいてい病気ではなくて、childhood に対処しかねているだけ。
 理解できない退屈なことを何時間もじっと坐って聞かされたら、「注意欠陥多動」になるのが子どもというもの。

[2] Curiosity
好奇心:好奇心さえあれば、だれでも良い学習者になる→子ども好奇心旺盛…Children are natural learners.
Curiosity = 学習へのengine
ここで、teacher の役割の重要性が!
Teacher の役割は、teaching だけでなく facilitating learning である。

教師はすぐれて「専門性の高い」「creativeな」職業である。教師の非専門家化が進んでいるがこれは問題。
知識の伝達の他、mentor, stimulate, provoke, engage などが教師の役目。
Education とは 生徒がlearn するように仕向けることであるが、
Testing が、教育の主要部分を占めているのが今日の問題。
標準化されたテスト(評価)は、(健康診断データの評価が大切なように)重要であるが、あくまでもdiagnosisのためであって、テスト自体が教育のdominant cultureになってはならない。

[3] Creativity
創造的であるというのは人間の本性である。教育の目的はcreativityを活性化させることである。

ここで以上3項目の認識のうえにうまく教育が機能している国としてフィンランドの例

数学・科学・読解などのテストで1位のフィンランドでは、
① それらの教科と同様に体育・芸術・humanities人文科学の教育に力を入れ、生徒の多様な能力を引き出している。
② Standardized testというものがない。
③ フィンランド人に、「drop-out対策はどうしてる?」と聞いたら、そもそもdrop-outがいないとのこと。問題を抱えた生徒にはサポート体制がある。個人尊重の教育をしていたらdrop-outは出ようもない。

フィンランドは人口が少ないから教育がうまくいっているのではないか、という論があるかもしれないが、それでは、フィンランドと同じくらいの人口のアメリカの州ではうまくいっているのか?

フィンランドでうまくいっている3つの理由
① 上記3つのこと individualization, curiosity の尊重, creativityの活性化をはかる
② 教師の育成 教師こそが学校の生命線 教師の社会的地位を上げる、専門性を高める
そのためにはinvestment が必要。(costではない!)
③ 教育の“現場”に決定権をもたせること。教育は委員会の会議室でおきる現象ではなく、教室でなされる!

今日のアメリカの教育行政がうまくいっていない理由は、mechanics consistence 的教育観があるから。
担当者は教育をモノを作ることと同じように考えている。
Education is not a mechanical system, but a human system.

Drop-out student には一人一人に固有の理由がある。
サンフランシスコのalternative school では、drop-outsに対して、個別の(多様な)配慮ある対策をとることによって成功している。
“多様な”教育を実践している場が”alternative school”という名前なのも可笑しいが…。

organic creature である人間がthrive するには、それに適したculture が必要。

Death Valley ~気温が高く、雨が降らない→植物が生育しない…死の谷
しかし2004年冬に降雨があり2005年春には、谷が花で被われた。
花の種子は地表で発芽のチャンスを待っている。
教育のCulture が変われば、人間は成長する。
すぐれたleaderはそれを知っている。
国・州・学校の各レベルでリーダーが為すべきことはcommandやcontrolではなく、climateを整えることである。

B. Franklin のことば
人間には3種ある。動かそうとしても動かない人、動かされれば動く人、自ら動く人。
自ら動いて変革をなさなければならない。

長くなったので感想は次稿で…。

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ぶるっく

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 長女ぽんは飛び立ち、長男ばぶは羽ばたき練習中。空きの巣になっても、仕事・趣味・体力作りに励み、楽しく暮らしていきます!
 読書・音楽・ウォーキング・軽登山・水泳のことなど…日々の記録です。

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