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2013. 12. 20  
今日は、勤務校の終業式で仕事はお休み。

眠たくて集中力のない息子を叱咤しながら朝勉をし、
掃除や片付けものを済ませました。

自営業のオフィスに行って仕事をするか、
冬休み明け実施の実力テスト日本史の作問をするか(2種)、
…と仕事を先取りで済ませる済ませたいができない性分の私は、思ったけれど。

とっても冷え込み、風も強く、冬枯れの日です。
暖かくして積ん読の本を読む一日にしましょう!


とかいいながら、未読の本ではなく、この季節に必ず読みたくなる
“A Christmas Memory”
Truman Capote
を再読しました。

7歳の少年と60歳を越えた従姉(?)の老婆の友情の物語。

やっぱり、また泣きました。
最後の凧揚げのところで。


毎夕、勤め帰りに、面映ゆるほどに華麗な博多駅のイルミネーションを通り抜けます。
デパートやショッピング街は美しく飾り付けられクリスマス音楽が流れています。
それはそれで心華やぐクリスマスなのですが、コマーシャリズムに乗せられている気もする。

この話のように、
知的障害のある老婆と少年が、
1年間貯めたお金で材料を買ってフルーツケーキを作って配ったり、
ケーキ作りで余ったウィスキーを飲んで酔って踊ったり、
森にツリーを伐りに行ったり、
互いに手作りクリスマスプレゼントを贈りあったり、
プレゼントの凧を揚げたり…、

質素で(むしろ貧しくて)も、こころ豊かなクリスマスを過ごす…。

これが、本当のクリスマスなんだろうなぁ。
30分もあれば読み通すことのできる短編です。

冒頭の部分から美しい…

Imagine a morning in late November. A coming of winter morning more than twenty years ago. Consider the kitchen of a spreading old house in a country town. A great black stove is its main feature; but there is also a big round table and fireplace with two rocking chairs placed in front of it. Just today fireplace commenced its seasonal roar.

そして、最後の部分。
もし、これから読んでみようと思われる方は、以下は無視してくださいませ。

ストーリーというほどの「展開」のある話ではないけれど、
ここにいたる、小さなことの積み重ねを経てこの部分に来ると、私は必ず、じわ~んと涙があふれてくる。
クリスチャンではないのでLord についてわかっている訳ではないけれど、こういう感覚、とても共感できます。

人生4年さんのお父さまのご体調がすぐれないとか。
以下の最後近くの部分は、人生4年さんに贈ります。

My friend: 少年の遠縁の老婆
Queenie: 老犬


“My, how foolish I am!” my friend cries, suddenly alert, like a woman remembering too late she has biscuits in the oven. “You know what I’ve always thought?” she asks in a tone of discovery, and not smiling at me but a point beyond. “I’ve always thought a body would have to be sick and dying before they saw the Lord. And I imagined that when He came it would be like looking at the Baptist Window: pretty as colored glass with the sun pouring through, such a shine you don’t know it’s getting dark. And it’s been a comfort: to think of that shine taking away all the spooky feeling. But I’ll wager it never happens. I’ll wager at the very end a body realizes the Lord has already shown Himself. That things as they are”---her hand circles in a gesture that gathers clouds and kites and grass and Queenie pawing earth over her bone---“ just what they’ve always seen, was seeing Him. As for me, I could leave the world with today in my eyes.”

__ 3
わが家の2階から撮った冬の昼下がりの空

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2013. 06. 23  
昨日は、オフィスに行って溜まった仕事を一気に片付ける予定だったけれど、「家庭内不和」「体調不良」でその気になれず、掃除や片付け以外に身体を動かす気にもなれず、ソファにすっぽり埋まって安楽に、面白い本を読むことにした。

…と思っていたら大間違い!

数日前に最初の数ページを読んで、「ふむふむ、イギリスの少年少女たちの楽しい冒険物語」と思っていた、
L. M. Boston の 
The River at Green Knowe 

読むのにたいへん難儀しました。構文も文法も簡単。
でも、単語と内容がスーパー・ドゥーパー ・難しい!!

例えば、以下のような文を読むのに何度辞書を引いたことか!

The little tributary seeped between an avenue of bulrushes, whose handsome chocolate maces bowed to them as the ripple that the punt pushed before it reached their stalks and set them in motion.

辞書ひきまくっても追いつかず、意味不明の箇所があり、ついに図書館に行って翻訳に目を通しました。
意味不明箇所とは、hermit の隠れ家の壁にかかっている物が何なのか、それと犬がどういう関係があるのか?
何度読み返してもわからない!
翻訳に頼るなんてこと滅多にしないのに。

亀井俊介の訳をちらちら見ながら読み進めたのですが、途中から翻訳を読み始めたからか、違和感がある。
直訳的で、ぶつぶつ切れている。英語で読むときのような余韻が感じられない。
やっぱり原書の方が味わい深い。

問題点は
① カヌー漕ぎや沼沢地に関する特殊用語が多い。植物や鳥の名前が多い。

② ファンタジーなので「論理」では説明できないが、それを当方の英語読解力不足か?と勘違いし何度も読み返さなければならない。

① に関して
辞書を引いて、日本語にあたる語を調べても、それがどのようなものか想像がつかない。
理解にはイギリスの中・高校生向き程度のカラー写真の植物図鑑、鳥類図鑑的なものが必要?

② に関して
ファンタジーを読む心構えができていなかった。…というか、ボストンのファンタジー、私、苦手(>_<)

何でこの本が、わが家に「積ん読」であったのかというと、20年以上(?)前に、楽しく読んでいた林望(リンボウ先生)のイギリス滞在のエッセイで、彼の下宿先がこのボストン夫人のマナーハウスだったと知ったから。

いつか、そのマナーハウスがモデルとなったグリーン・ノウ・シリーズを読もうと思っていたのです。
ボストンの原書、あと3冊くらいあります…でも、1冊読み終わって、げんなり。
ちょっとパワーがある時じゃないと読み切れない感じ…。
あと3冊は、当分、「積ん読」ですな。

ファンタジーにはついていけなかったけど…、
面白いと思った感想を四つ。

① イギリスの児童文学によく出てくる、「何を食べようか?何を食べさせようか?この材料をどううまく料理しようか?」といつも考えている料理好きの名コック。この話にも出てきました。私、この手の登場人物大好き。これについては、いつか別稿で…。

② やはり、イギリスは海軍の国ですなぁ! ランサムの『ツバメ号』シリーズも、ピアスの『ハヤ号セイ川を下る』も、子ども達が自由自在にヨット・カヌー・パントを操っている。そしてその関係の名詞・動詞の豊富なこと! ところで、私は本書を読みながら子ども達がcanoe とpunt を場所によって乗りわけて冒険していることに、後半近くなるまで気付きませんでした! 挿し絵で「あれ?」と気づき前に戻って読み直した次第…注意力不足!

③ キリスト教以前のゲルマン的?土俗的?幻影シーン。『秘密の花園』にもあった。ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』でそのあたりのことがテーマになっていたと思うけれど、文化の古層に対する憧憬があるのでしょうね。

④ ③に関連して、語彙として、アングロ・サクソン語系統が多く使われている印象を持った。

以下は『英単語 語源 ネットワーク』クリストファー・ベルトン、長沼君主 共著 より引用。

…、現在使われている英語の語源のかなり多くは、ギリシャ語やロマンス語にさかのぼることができます。1066年のノルマン・コンクエスト以前に使われていたアングロ・サクソン語由来の語は現在でもかなり残っており、南の国々から入ってきた同じ意味の語と並行して使われています。…
 こうしたアングロ・サクソン語由来の語は、イギリス人にとって特別に訴えかけるものをもっています。それがなぜなのか説明はつかないのですが、どこか「古きよき時代」の趣があるとでもいうのでしょうか、より温かく親しみのある語として感じられるのです。


と、以下、いくつかの例が挙げられているが、その例示されたアングロ・サクソン語由来の語が本書でたくさん使用されていたように感じた。

児童文学は難しい!
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2013. 04. 28  
“Leaf Magic and Five Other Favorites”
Margaret Mahy

洋書村ブロガーの人生4年さんと、英語学習における絵本や児童書の位置について意見交換したあと、家にある本の整理をしていて見つけた本。
読んだ記憶がない…読んだかもしれないが内容をすっかり忘れている…ので読み始めた。
短編6つであっという間に読むことができる。

意見交換の内容:
(優れた絵本や児童文学のすばらしさ、価値を認めた上で)
英語の勉強のために絵本や児童文学を読むのは学習の方便としていいかもしれないが、ずっとそこに留まっているのは如何なものか?

【感想】
児童文学といっても対象年齢でいろいろな段階があると思う。
この本はヤング・アダルトよりちょっと下の年齢層対象か?

一つのフレーズが短く言葉も平易で読みやすい。
その上、「お話」として非常にすぐれている掌編集。
強いて各編に通底するテーマを挙げるなら「人を外見で判断してはならない」「生きる喜びは小さなことに宿っている」というあたりか。

【英語学習に関連して】
英語話者とっては簡単な単語だけど、学習者にとって難しい、という類の単語が少なく、ストーリーに惹かれてずんずん読み進める素材としては適当な本だと思う。

以下は辞書で引いた語
bib よだれかけ 知らなかった!でも文脈から推測可能。

nook 人里離れた所 ほほー。

set 形容詞 断固とした 形容詞でこんな用法があるとは!

“故意のbig word”として出てくる seismological  地震学の 覚えとこう! 

あと、
It hesitated on the threshold of the cabin and then came in.と、よく目にするthreshold 「出発点」「閾値」が児童文学ならではの(?)原義「敷居」で出てきたのが、なるほどね!でした。

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2013. 04. 14  
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
村上春樹 文藝春秋

これからお読みになる方がたくさんいらっしゃると思うので詳細は書きません。

『1Q84』のような“ファンタジー性”はなく、リアルな物語。

またまた、自分が属している世代が、初期作品からずっと同時代で村上春樹を読める世代であるということの幸運を読みながら感じました。

“故郷(居場所)喪失譚”と“往きて還りし物語”の複合的関係。
(←私の解釈違いかもしれないけれど…)

ピアノ曲、水泳、音楽に造詣の深い物理学徒(“ピアノ弾きの物理学者さん”!)など、いつもながら、私にとって興味深いモチーフがたくさん。

いや、私は村上春樹を読んできたからこそ、その影響で、ある系統の音楽を聴いたり、泳いだりしているのかも。

『1Q84』でヤナーチェクのCDやチェホフの本(復刊された!)が売れたように、今回はリスト…それも例のピアニストの…が、ばか売れするでしょうね…むしょうに聴きたくなりますもの。

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2013. 04. 07  
『何者』朝井リョウ
新潮社

【動機】
直木賞受賞作品。
図書館で予約したときには待ち人数から「5月くらいになるかも…」と覚悟していたが、意外に早く順番が回ってきた。
私も早く読んで返却して次の人に回そう。

4月1日、早朝の博多駅、夜の大阪駅で、多くのリクルート・スーツの男女を見た。

はじめは「その日」とわからず、あっちにもこっちにもいる同じ格好をした若者を見て、「私が田舎に引っ込んでいる間に日本人のファッションは大幅に変わったんかいな?」なんて呑気なことを一瞬考えたが、「ああ入社式か」と気づく。

男性は老いも若きも全般にダークスーツだから新入社員とは遠目には気づかないが、女性は新入社員だけが黒のスーツに白のシャツブラウスという服装だから、特に目立つ。
みな、ローヒールとはいえ歩きにくそうな黒のパンプスを履いている。
型で押したような同じ制服(?)を来た、団体ではない多数の個人を見るのは、目眩しそうな感じ。

「就活」という言葉は知っていても、実際を知らない私は、彼女たちを
「昔はこんな制服状態じゃなかったはず」
「もう少し、個性を出してもいいんじゃない?」
「男の子の方がまだネクタイという識別マーカーがあるけど女子は見分けもつかない」
「あんな靴はいて、あんな歩き方して…。年取ったら膝痛・腰痛になるよ」
なんて、ちょっと意地悪な視線で見ていた。

この『何者』を読んで、そんな冷たい視線で黒いスーツ姿を見ていたことを反省。

就職活動とはこんなにシビアなものだとは知らなかった。
あの日私が見た黒のスーツを来た人たちは、それ以前の1年以上をかけて“修羅場”をくぐり抜け、闘い抜き、「希望に満ちて」か「不本意ながらも」かは別として入社式までたどりついた勇士たちだったのだ!

大学を卒業するときは、これからどう生きていくか=就職のこと、それまでの友人関係(恋愛も含む)の変動など、確かにたいへんなとき。
それを同世代の作家がうまく表現している。

この小説では「就職活動」とともに「SNSでの言葉」も大きなテーマである。
ツイッターを使いこなす若者たちが、140文字の制限の中で常套句をまきちらしながら、本来の自分(の言葉)から乖離していく様子が描かれている。
誰もが批評家になり、匿名で言いたいことを言う、批判する、論評する…確かに、危険性をはらんだ状況。

『桐島、部活やめるってよ』でも思ったが、「こういうときにこういうリアクションする子いるよね」と一瞬の言動をすくい取る表現が巧み。
観察力に優れた有望な作家だと思う。
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プロフィール

ぶるっく

Author:ぶるっく
 長女ぽんは飛び立ち、長男ばぶは羽ばたき練習中。空きの巣になっても、仕事・趣味・体力作りに励み、楽しく暮らしていきます!
 読書・音楽・ウォーキング・軽登山・水泳のことなど…日々の記録です。

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